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こわれゆく世界の中で プロット イギリス 04月21日 2007 台灣上映
溺れゆく女 プロット フランス 09月15日 2000 台灣上映
縮みゆく女 プロット アメリカ 06月06日 1981 台灣上映
沈みゆく女 プロット カナダ 02月16日 2002 台灣上映
曳かれゆく男 プロット アメリカ 01月01日 1900 台灣上映
生まれゆく日々 プロット 日本 03月12日 2022 台灣上映
こわれゆく女評論(10)
この夫婦のコミュニケーションの難しさは、子供たちを含めた第三者がそこへ入り込む時に顕著となる。
かかりつけの医師を自宅に呼ぶことで、ジーナ・ローランズが次第におかしくなっていくところなど、早く夫婦だけにしてやりたい気持ちで、こちらの心がヒリヒリしてくる。この夜は、ラストのシーンを除けば、この二人が水入らずになれた、ほとんど唯一の瞬間だったはずだ。
二人にとっては、これほどまでに二人きりの時間を持つことが難しい。この状況を映画の中で、物理的に規定しているのが、この家の夫婦の「寝室」である。
まず、夫婦の専用の寝室が存在しない。
彼らは食堂兼用の部屋を、来客用のテーブルを片付けて、折り畳まれたベッドを展開することによって二人の寝室とする。
家族だけの食事スペースはすぐ隣にあるのだか、来客があれば少々開閉にコツが必要な扉をスライドさせて広い空間を作り出すことができる。
皮肉にも、その寝室兼客間から家族用ダイニングに入ると見えるのが、「private 」と印された扉である。この奥に台所があり、この家の主婦の固有空間がキッチンであることが示されている。
この扉の印は非常に重要なアイコンとして機能する。
行きずりの男を家に連れ込むも、その男が翌朝見ることになるのもこの扉のサインになる。
最もプライバシーに関わるはずのベッドインが、プライベート空間の外で行われていた。この事実だけでも、彼女の言動以前に奇妙な気分になってしまう。
夫婦の寝室と、彼らの性的関係の不可能性について言及した作品として、我々は森田芳光「家族ゲーム」を知っている。
この二作品ともに家の間取りに強く興味が湧く。もう一度観なおして、二つの家の図を書いてみるのも面白そうだ。
それでも日常に帰結していく中で愛を見つける。
せつなく、悲しく、愛に満ちた映画だと思った。
こわれゆく妻を認めないような強い態度で関係性を壊さずに必死な旦那が、徐々にこわれゆく男に、、、?
一見、天真爛漫で問題も無い奥さんに見えるし、旦那も奥さんを褒めるような、仕事も一生懸命で幸せそうな家庭の筈が。
自分が旦那だったらシンドイなぁ、、、子供たちには罪はナシ、、、ん?この物語には、誰一人として悪いヤツも酷い登場人物も出ては来ない。
ジョン・カサベテス監督、1975年の作品です。
主演は、監督の奥さんでもあるジーナ・ローランズとピーター・フォーク。刑事コロンボのピーター・フォークも大好きですが、盟友ジョン・カサベテス監督作の彼は、またひと味違うって感じでした。
話がどんどん進むわけでもなく、ちょっとかったるい感じですが、ジーナ・ローランズの狂気の演技は凄味があります。
愛情はあるのに上手く回っていかない夫婦の焦燥感や、落ち着かないバツの悪い空気感がとても生々しいです。
終盤は緊迫し、とても印象的でした。これが家族、これが夫婦。
ラストの二人の表情はずっと忘れないだろうと思います。